松江簡易裁判所 昭和43年(ろ)11号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕(罪となるべき事実)
被告人は自動車運転者であるが、昭和四三年四月一九日午前一一時三〇分ごろ、軽四輪乗用自動車(巾1.29メートル、八島根み一八三三号)を運転し、広島県双三郡布野村大字上布野四一九七の一番地先道路において、時速約三キロメートルで、前方左側に停止していた宇根川昌美外一名が乗車している普通貨物自動車(巾1.69メートル)の右側方に出て通過しようとしたのである。ところで右貨物自動車は巾員5.5メートルの道路の左側部分中央寄りに停止していたため、その右側には約三メートルの余地しかなく、かつ被告人は運転経験が浅いうえ、右乗用自動車も前日購入した新車でその装置に十分習熟していなかつたのであつて、このような場合自動車の運転者としては、進路を右側方に変えるにあたり、前車に追突するのを避けるため通常必要とされるより以上の車間距離を保ち、かつ十分接触を避けうる範囲までハンドルを右に切つて進行すべき注意義務を負うものといわねばならない。しかるに被告人はこれを怠り、前車より約2.4メートルにすぎない距離から進路を変え、かつ前車の車巾の目測ないし操作の程度を誤りハンドルを十分右に切らなかつた過失によつて、前記貨物自動車の右後部に自車の左前部を追突させ、もつて他人に危害をおよぼすような方法で自動車を運転したものである。
(被告人の主張に対する判断)
一、道路交通法七〇条の構成要件について
被告人は、道路交通法(以下単に法という)七〇条の構成要件はきわめて抽象的であつて、その規定する運転方法の具体的内容が明らかでないから、発生した結果のみを重視し、すべての物件事故を訴追するための便利袋とされるおそれがあり、到底服しがたい旨非難する。
(一) しかし法七〇条の構成要件は、
第一に、法二六条(車間距離の保持)、二八条三項(追越しの方法)、四三条(指定揚所における一時停止)等、安全運転義務に関する具体的諸規定と、社会観念上同程度の類型的危険性が認められる運転方法を、かつその限りにおいて規制するものであり、物件事故につきその原因となつたすべての行為を処罰しようとするものではない。けだし一般に、右各本条と法七〇条の関係が、補充的択一関係による法条競合の場合と解されていることは、両者の構成要件的評価の同価値性を前提とするものだからである。
第二に、右各本条所定の安全運転義務に関する諸規定には、いわゆる抽象的危険犯すなわち、立法にあたり典型的危険行為としてその一般的危険性を擬制した構成要件が少くなく、この場合危険が現実に発生したことを要しないこととなる。これに対し法七〇条の構成要件に当該すべき運転方法の内容はきわめて抽象的であつて、結局裁判にあたり、前記の内容をもつた運転方法が当該個別的事態との結びつきにおいて具体的に定型化され、措定されなければならないから、立法にあたり具体的に類型化されている各本条の典型的危険行為と同様に、危険の存在を擬制するのは相当でなく、危険が現実に発生したことを要件とする具体的危険犯と解さなければならない。もつとも法一一五条のように明らかに結果として「危険を生じさせた」と規定している場合と異なり、法七〇条の「他人に危害を及ぼさないような速度と方法」でという表現形式は、そのような性質の行為をなした場合は当然に同条違反が成立し、かかる危険性は立法の理由に止まり、構成要件要素ではないようにみえる。
しかし、条文のうちに危険ないし同旨の文言を特に掲げている場合は、むしろこれを構成要件要素とするものと解することができ、ことに同条の場合危険の内容について、他人の生命身体に対する実害発生の具体的・現実的可能性までは要せず、その抽象的可能性いわば危険な状態の発生で足りるとする趣旨を示したものと考えられる。従つて同条違反とされるには危険な状態が現実に発生したことを要し、その故意犯は、少くとも危険の故意つまり自己の具体的行為が他人に危害をおよばすおそれがあるかも知れないことを認識しながら、それを否定しなかつた場合に成立し、過失犯は物件事故についての過失ではなく、危険な運転方法についての過失につき成立するのである。
かように解すれば、本条の構成要件はその適用において必ずしも不明確とはいえないから、被告人の前記非難は失当といわねばならない。
(二) ところで法二八条三項は、追越しの場合後車は、反対の方向からの交通及び前車の前方の交通にも十分に注意し、かつ前車の速度及び進路並びに道路の状況に応じて、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない旨規定している。もとより同条は進行している前後車相互の関係を規制するものであるが、前車が停止車輛の場合をも追越しに含まれるとする見解もあるように、本件の場合少くとも同条に準じて考えるべきである。そして右にいう「できる限り安全な速度と方法」とは、事故防止の立場から運転上とりうる限りの安全な速度および方法を意味し、多く前車との横の間隔が問題となるが、本件のように前車が停止車両の場合は、特に進路を変えるときの縦の間隔に留意すべく、従つて法二六条所定の車間距離も参考しなければならない。しかも運転操作に十分習熟していない運転者については、右の間隔保持の義務が加重されざるをえないのである。<後略>(津島一幸)